大雨、雷、洪水と「注意報」の名が付くものは数あれど、大蔵村には防災無線で呼び掛ける「虫歯注意報」というものがあるらしい。注意報といえば天災のような身に迫る危険をお知らせするもののような気がするが、「虫歯注意報」とは一体、何だ?【安藤龍朗】
「虫歯予防の中で歯みがきは大切な役割を持っています。大人の歯みがきとともに子供の仕上げ磨きはとても大切。奥歯のかみ合わせ、前歯のすきまなど虫歯になりやすい場所は丁寧に仕上げ磨きをしましょう」
11月8日、大蔵村で本当に「虫歯注意報」が響き渡っていた。この日は「いい歯の日」。各家庭に配備されている防災無線で朝晩の2回、注意報は流れた。
20年ほど前、大蔵村では子供の虫歯が多発していた。1994年は3歳児の虫歯本数が6・6本、95年は7・09本で、いずれも県内ワースト1の多さだった。93年に村診療所に赴任した歯科医師の伊藤充也さん(49)は「当時は診療室で子供たちが泣き叫ぶのが日常だった」と振り返る。
99年から県のモデル事業として「ヘルシーティース2001」が同村でスタート。危機感を強めた村や診療所、住民らが問題意識を共有し、子供の虫歯を減らす取り組みを始めた。「虫歯注意報」はその取り組みの一つ。住民たちから出たアイデアだったという。
「子供を持つ母親だけでなく、おじいさんやおばあさん、近所の人にも意識してもらうことができる」。村健康福祉課の長南智美さんは虫歯注意報のメリットをそう説明する。
女性たちが家々に集まってお茶を飲みながら、よもやま話を語るのは楽しい習慣だが、虫歯予防の観点では、お茶請けのお菓子は要注意。長南さんは「お茶飲みの場に小さい子供がいると、ほらほらと周りがついお菓子をあげてしまう。当初は『子供がぐずってもお菓子を与えないで』とか『夕食の前にお菓子を食べすぎないように』と注意報で呼びかけていました」と語る。
伊藤さんは当時診療に当たりながら危機感を覚えていたという。「重い虫歯のケースが多かった。3歳児までは多少歯磨きをさぼったくらいでは重症化しないのに。お母さんたちに食習慣を繰り返し聞く中で原因が分かってきた」
原因の中でも大きかったのは、哺乳瓶で乳児に与えるスポーツドリンク。熱冷ましに使える「良い飲み物」というイメージで病気が治ってからも日常的に飲ませる慣習が広がっていた。しかし、スポーツドリンクは酸性のため、生えたばかりの歯を溶かし虫歯を作ってしまっていた。
全村一丸となった取り組みで、子供の虫歯は大幅に減少。モデル事業は3年限定だったが、事業終了後は村の事業として取り組みを継続。2003年には、3歳児の虫歯本数が0・39本まで減り、県内の市町村で最も虫歯が少ないという実績を上げた。
当初は「8(歯)」が付く8日、18日、28日の月3回放送した虫歯注意報も、現在は毎月8日だけの実施となった。
伊藤さんは「今は診療室から泣き声が消えた。にこにこしている子供を見ると平和になったと実感します」と笑う。一方で、今取り組む必要性を感じるのは高齢者の歯の健康だ。「口腔(こうくう)ケアが十分でないと、他の疾病につながったり、全身に及ぼすようなトラブルが出たりする場合がある。高齢者の方の意識を上げていきたい」。虫歯注意報の「需要」は今後もしばらく続きそうだ。