認知症の一つ「前頭側頭型(ぜんとうそくとうがた)認知症」が影響したとみられる万引事件が、兵庫をはじめ全国で相次いでいる。物忘れや徘徊(はいかい)が少ないため気付かれにくく、逮捕後に初めて判明するケースが目立つ。裁判では再犯でも実刑を回避する判決が出ているが、詳しい症状は法曹や捜査関係者にもあまり知られておらず、手探りの対応が続いている。(竹本拓也)
「母は残念ながら規範意識を失っている。24時間見守られるならいいが、不可能だ」
神戸市内に住む息子は打ち明ける。昨夏、80代の母親が同市のスーパーで食品を万引したとして、兵庫県警に窃盗容疑で現行犯逮捕された。
同認知症では、赤信号の無視など交通ルールを守らないほか、他人の花壇の花を抜く▽冠婚葬祭で暴れる―といった自分の思うままの行動をとることがある。母親は勾留中に女性警察官の指摘で、初めて専門医を受診。同認知症と診断され、不起訴となった。
実は、逮捕はこの時が初めてではない。5年ほど前から数回、万引で摘発され、懲役刑も受けた。反省を促しても、母親は悪びれた様子はなかった。穏やかだった母親からは考えられない言葉に違和感はあったが、「まさか認知症とは思わなかった」という。
母親は今も1人暮らしを続ける。息子は「実刑にならなかったから『良かった』ではない。理解を深める取り組みや支援体制を考えてほしい」と願う。
公判の途中で同認知症と分かったケースもある。スーパーでリンゴなどを盗んだとして起訴された神戸市の女性(62)は、弁護人が家族に受診を勧めたことがきっかけだった。執行猶予中だったため実刑判決も見込まれたが、神戸地裁は4月、「医療や介護を受けながら更正を期待できる」として、懲役1年、保護観察付きの執行猶予判決を出した。
「女性自身も、なぜ万引をしてしまったのか理解できない状態だった」と担当した西谷裕子弁護士(大阪弁護士会)。「法廷で証言してもらう医師の確保や脳画像の提出など立証の負担は大きく、専門医療機関との連携が求められる」とする。
兵庫県によると、認知症患者は今年1月時点で21万7千~21万8千人と推定され、このうち数%が前頭側頭型に該当するとの指摘もある。認知症患者の刑事弁護に詳しい兵庫県弁護士会の三木信善弁護士は「逮捕段階から捜査側と弁護側、専門医が情報共有し、認知症の可能性に早く気付ける仕組みづくりが急務だ」としている。
【前頭側頭型認知症】 脳の一部が萎縮し、深い判断や思慮ができなくなる病気。こだわりが強く、社会規範から逸脱して思うままに行動する場合がある。アルツハイマー型に多く見られる物忘れや徘徊(はいかい)は少ない。若年層でも発症する。