12月4日付朝日新聞夕刊は、このところペットの治療費を払わない飼い主が増え、動物病院の獣医師らが頭を痛めていると報じています。ある飼い主は、1週間の入院治療を済ませた愛犬を引き取った後、約10万円の治療費を支払わずに雲隠れしてしまいました。飼い主に電話してもつながらず、請求書を送ったものの宛先不明で戻ってきてしまいました。どうやら最初から治療費を払うつもりはなかったようです。
他にも、「猫の入院治療が終わった」と電話したところ、急に連絡がつかなくなった女性の事例が紹介されています。スタッフが、未払いの治療費約6万円を請求するために女性の自宅を訪ねたところもぬけの殻で、産婦人科からも手紙が来ていました。そこに問い合わせると、「先生のところは猫でよかった。こちらは赤ちゃんを置いていかれた」という話だったといいます。
この記事は、ペットの治療費の未払いケースの紹介の後、最近ははじめから治療費を払う気のない飼い主の受診が増えているという獣医師たちの嘆きとともに、弁護士を顧問にして未収金対策に乗り出している現況を知らせています。
産婦人科に出産費用を払わずわが子を置き去りにして、猫も動物病院に遺棄した女性も、もしかすると生活に困って、さらなる悲劇が生じることを避けようとして、苦肉の策でこれらの行動を取ったのかもしれません。ですが、深刻化する不況による生活苦を反映しているというだけでなく、飼い主の責任感の欠如を感じるケースが増えているという獣医師や顧問弁護士らのコメントも無視できないでしょう。
他方、このようなペット裁判報道もあります。10月27日付朝日新聞は、メスのミニチュアダックスフントが避妊手術で死んだのは、執刀した獣医師に過失があったからだと約461万円の損害賠償を求めた訴訟で、名古屋地方裁判所が、獣医師に約54万円の支払いを命じたと報じています。判決では、犬はもともと重度の高血糖で、手術によるストレスでさら血糖値が上昇し、低カリウム血症による呼吸停止もしくは心不全が原因で死んだ可能性が高いとして、術後管理を怠った獣医師の過失を認めました。また術後の状態から、入院の意向を確認するべきだとして、説明義務違反の過失も認められました。
獣医師側は「手術の翌日、飼い主が体調の変化に気付いたが、病院に運ばなかった過失がある」と主張しましたが、裁判官に「飼い主は症状によっては緊急対応が必要という説明を受けていない」として退けられてしまいました。術後管理や説明義務など、ペットに対しても人間と同じように厳しい医療水準を要求されるようになっているようです。
原告代理人の弁護士は、「認められた賠償額は、最近の高額化傾向の流れに沿ったもので、避妊手術でも、飼い主にしっかり説明すべきだという獣医師への警告になる」とコメントしています。ペットの高齢化や生活習慣病が話題になる中、診療の質の向上を求められ、同時に、冒頭にご紹介したような治療費不払いの増加に悩み、しかも歯科医療などと同様に動物病院も競争の激しさにも悩まされるという状況になってきています。
ペット医療は保険制度が無いに等しい状況ですから、治療費不払いの率も、今後の経済情勢によって、また飼い主の社会意識によって、上昇する可能性が大です。しかし、10万円程度の未払金の回収コストを考えると法的対処も容易ではありません。記事に紹介されている獣医師の「現在、治療費の不払いは売り上げ全体の2~3%と推測されるが、5%を超すと動物病院の存続にもかかわってくる」というコメントは、問題がかなり深刻であることを示唆しています。
これは医療に限ったことではありませんが、質の向上やリスクマネジメントが強く要求される一方で、その確保のための原資となる売り上げは絞られていくばかりです。これらの原因は、単にデフレ不況だけとは考えにくく、何かもっと大きな変化を表しているのかもしれません。今回は、その変化の一端を示しているエピソードをご紹介してみました。