毎日新聞社 2014年8月14日(木) 配信
どうすれば安全安心:急増する「逆流性食道炎」 生活習慣改善で重症化防ぐ
◇高脂肪食で胃酸が増加/暴飲暴食、夜型化も原因/ピロリ菌減った影響も
「逆流性食道炎」で病院を訪れる患者が近年、急激に増えているという。我慢できないほどではないものの、胸やけや胃のもたれが頻繁に起きるのはつらいものだ。この苦痛から解放されるにはどうしたらいいのか。豊富な治療経験を持つ医師に、治療法や予防法などを聞いた。【小林祥晃】
あるサラリーマン男性。50歳を過ぎたころから、油ものを食べたり、飲み過ぎたりすると、必ず胃がもたれ、胸やけするようになった。若いころは仕事も遊びもバリバリこなしていたのに、今は胃腸薬が手放せない。部下の指摘で、無意識のうちによく胸をさすっていることに気付いた――。
どこにでもいそうなこのお父さん、逆流性食道炎の可能性が極めて高い。日本医科大千葉北総病院の消化器内科部長、岩切勝彦さんによると、他にも典型的な症状として、食事の1~2時間後に「みぞおちの上がチリチリする」「げっぷとともに口の中が酸っぱくなる『呑酸(どんさん)』がある」などが挙げられるという。
さらに「胸が痛む」「のどの奥に違和感がある」「せきが出る」「声がかすれる」といった、一見胃腸とは関係なさそうな症状が出ることもある。岩切さんは「患者は近年、激増しています。消化器内科を訪れる4人に1人はこの病気。もはや国民病です」と言う。
逆流性食道炎が起きる仕組みはこうだ。食道と胃のつなぎ目の周囲には「下部食道括約筋」という筋肉があり、健康な人ではこの筋肉が食道を締め、胃の内容物が食道に逆流しないよう「弁」の役割を果たしている。ところが、暴飲暴食やきつい服装の締め付けでおなかに負担がかかると下部食道括約筋が突然緩み、げっぷなどとともに胃酸や胃酸を含む内容物が逆流、食道がただれて炎症を起こしてしまうというわけだ。「水を飲むと一時的に酸が流れるのでスッキリする。そんな人はまず、逆流性食道炎を疑って間違いないと思います」
それにしても、なぜ急増しているのか。岩切さんはまず、生活習慣の変化を挙げる。「現代人の高脂肪、高カロリーの食事は消化しにくく、結果的に胃酸の分泌を増やします。それに加えて、生活の『夜型化』が大きい。終電まで働き、寝る前にご飯を食べる、または深夜まで飲んでそのまま寝る、といった生活は最悪です」
食べてすぐ寝ると、胃の内容物が上がってきやすいためかと思えるが、それだけではなかった。「人は起きている間、20~30秒に1回ゴクンと唾液を飲み込みます。飲み込んだ後には、食道に逆流した胃酸や食べた物などを胃に押し出すような食道の動きが起きるため、少々の胃酸逆流は押し戻されます。ところが寝ている間は唾液の分泌が抑制されているため、唾液の飲み込みが起こりません。その結果、食道の動きが出現せず、逆流が起きると長時間食道が胃酸にさらされる」。そんな生活を長年繰り返していると、いつの間にか重症化してしまうのだ。
岩切さんがもう一つ指摘するのは、ピロリ菌のない人が増えていることだ。「ピロリ菌がいると胃粘膜が萎縮や炎症を起こし、胃酸の分泌が減ります。かつては『加齢とともに胃酸分泌は減る』と言われてきましたが、それはピロリ菌陽性の人が多かったから。現代は衛生的な生活でピロリ菌のいない人が増えています。そういう人は胃酸が減らないので、逆流性食道炎は今後も増えるでしょう」
治療法は、胃酸分泌を強く抑えるプロトンポンプ阻害薬(PPI)の処方が一般的だ。軽症なら、1日1錠飲めば4、5日で症状が消える人がほとんど。ただ「薬をやめて再び症状が出るようなら飲み続ける必要がある」という。
市販の胃腸薬にも「胃酸を抑える」とうたう薬は多い。「H2ブロッカー」という成分を含む薬がよく知られているが、岩切さんは「H2ブロッカーは就寝中の酸は抑えるが、食後の酸を抑える効果は低い。逆流性食道炎には病院でPPIを処方してもらった方がいい」とアドバイスする。
重症になると、PPIが効かない患者もいる。その場合、まれに胃の一部を食道に巻き付けて逆流を防ぐ手術をするケースもある。
食生活や生活習慣と関わりが深い疾患なので、注意すれば予防することができる。岩切さんは「脂っこい食べ物だけでなく、甘い物や辛い物など胃酸の出やすい食べ物を控え、腹八分目を心がけること。そして就寝2~3時間前には食べないことです。また肥満気味の人や姿勢が前かがみになりやすい人は、胃が圧迫されて逆流が起こりやすいので、腹部を締め付けない服装や、姿勢を良くすることを心がけましょう」。軽症の人は、これら生活習慣の改善で再発を防止できることもあるという。
命に関わる病気ではないが、慢性的な胸やけは生活の質を落としてしまう。しっかり治療して健やかな毎日を送りたい。