通常は医師や看護師にしか認められていない、たんの吸引などの医療行為について、国はホームヘルパーや介護福祉士にも容認するかどうか、検討を進めている。
在宅患者は、ケアに追われる家族の負担軽減につながると早期実施を主張。一方、ヘルパーらは「本当に安全を確保できるのか」と慎重な構えで、温度差が浮き彫りになっている。
▽公然の秘密
議論の的となっているのは、たんの吸引と、口からの食事ができない人の胃に管で流動食を流し込む「胃ろう」。処置を誤ると事故につながりかねず、医師法で医療従事者に限定されている。
だが、さまざまな介護を必要とする高齢者が多い特別養護老人ホームでは、看護師がいない夜間に介護職員がやむを得ず対応するケースが多く、違法状態は「公然の秘密」だった。
特養で何度も吸引をした関東地方に住む介護福祉士の女性は「夜中にいちいち看護師を呼ぶ余裕はない。誰もが仕方ないと黙認している」と、苦しい事情を打ち明ける。
このため厚労省は、鼻や気管より危険性が低い口からの吸引などについて「書面による同意」など一定の条件で特養の介護職員も可能とした。さらに有識者の検討会を設け、有料老人ホームなどの介護職員やヘルパーも容認する対象に加えるかどうか、議論を始めている。
厚労省は将来、施設介護での医療提供に力を入れるよりも、要介護者が在宅で24時間、いつでもケアを受けられる訪問サービスを推進したい考え。高齢者宅を訪れるヘルパーに吸引などを認める環境を早期に整えたいとしている。
▽早期実現への課題
厚労省は、今夏をめどに中間取りまとめを行い、モデル事業を実施したい考えだが、さまざまな課題が浮かび上がっている。
過去にもヘルパーに吸引のみを認めたことがあるが、例外扱いとされ、現場は安全面で不安をぬぐえず結果的に普及しなかった。このため、ヘルパーの間では「介護職員も医療行為ができると明記してほしい」と求める声が強い。
「技術習得向けの研修を受けられる環境が整わないと、現場の不安は解消されない」(全国ホームヘルパー協議会)とする意見もある。
吸引を認める職員の範囲も問題だ。技術の有無を資格で認定しようという意見もあるが、難病の筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症(ALS)の在宅患者で、検討会メンバーの橋本操(はしもと・みさお)さんは「急に資格が必要となっても、資格を持っていないヘルパーたちが急に取れるかどうか分からない。常に吸引を必要とする人にとっては死活問題だ」と指摘する。