「いやだ! 助けて!」
Nさんが口腔ケアをしようとすると、いつも暴れ出すキミ(仮名)さん。半年
前、Nさんが初めて担当した利用者さんで、重度の認知症の方です。キミさんは、
口腔ケアをしようとするといつも、叩いたり蹴ったりしてNさんを拒絶していま
した。
どうしたらいいか分からず、Nさんは毎回オロオロするばかり。訪問するたび
に「わたしは嫌われてるから、キミさんは一生口を開けてくれない」と落ち込み、
泣きながら帰ることもあったそうです。
そんなある日、Nさんにアドバイスをくれたのはグループホームの施設長でし
た。
「前の歯科衛生士さんは、もっと落ち着いたトーンでキミさんに話しかけていた
わよ。お話ししながらマッサージなんかして『キミさん、今日お口のケアする?』
って聞いてからケアを始めていたわね」
Nさんは自身の行動を思い出してハッとしました。キミさんに聞こえるように
と大きな声で話しかけていたり、認知症の方との接し方が分からず、訪問すると
すぐ口腔ケアを始めようとしていたのです。
反省したNさんは、声かけから見直すことにしました。先輩や、訪問先の看護
師さんの声かけを参考にし、声の大きさ、高さ、話すスピード、タイミングなど
に気をつけていきました。
すると、3ヶ月ほどが過ぎた頃から、キミさんは暴れて口腔ケアを拒否するこ
とがなくなっていったのです。相変わらず口は悪いけれど、最近では自分からイ
スに座り口を開けてくれるように。
「声かけって、訪問を始める前はそんなに意識してなかったんですけど、コミュ
ニケーションをとる上で本当に大切だな、って実感しています」とNさんは言い
ます。
やさしく静かな声で語りかけるNさんに、文句を言いつつも口を開けてくれる
キミさん。半年前の二人を想像できない、穏やかな光景でした。