24時間対応の定期巡回サービスを手掛ける「やさしい手」のヘルパー・石森淳子さんは、夜、訪れた利用者の部屋の前で足を止めた。一瞬、息を殺し、わずかに部屋のドアを開け、中をのぞき込む。
その直後、石森さんは扉を閉め、廊下に戻ってしまった。
「利用者さんが起き上がって部屋を歩いている。このタイミングで入ると、怒られますよ」
利用者は認知症患者だった。その後、石森さんは廊下で息を殺し、ドアのガラス越しに部屋の様子を観察。数分後、もう一度わずかにドアを開け、利用者の様子が落ち着いたことを確認して部屋に入り、紙おむつの交換や薬の服用の介助など、一連のケアをごく順調に済ませることができた。
帰り際、利用者から「ありがとう」と声を掛けられた石森さんは、安堵したように大きく息をついた。
「きょうは本当に順調でした。ちょっとしたことで機嫌が悪くなることもあるから」
ちょっとしたこととは、例えば、少し介護の手順を間違えるなど、ごくささいなことだという。しかし、そのささいなことがもたらす結果は、相当に重い。
家中に響くような大声で暴言を投げ付けられたことがあった。
不審者扱いされ、追い出されそうになったこともあった。
「投げ飛ばしてやろうか」と言われたこともあったという。
さらに困るのは、BPSD(認知症の周辺症状)が始まってしまえば、簡単には治まらないことだ。
「どうしようもない時は、いったん退散し、後で出直すしかありません。それでも、わたしの場合はまだいい。慣れていないヘルパーが来たりすると、それだけで暴言や暴力を誘発する場合があるからです」
認知症患者に対する訪問介護は、ベテランのヘルパーにとってすら、厳しい業務だと言ってよい。