午後10時。神奈川県伊勢原市の夜間ヘルパーステーション「絆」に非常用コールが鳴り響いた。青木潤一施設長は、不安げな表情でつぶやく。
「中山さん、また硬直したのかな」
一方、介護福祉士の高橋一江さんは、あわててパソコンのある部屋に向かった。「絆」と契約している利用者から非常用コールが入ると、ステーション内のパソコンモニターに連絡してきた人の情報が映し出されるシステムとなっているためだ。
発信者を確認した高橋一江さんは、階段を駆け下り、車に飛び乗った。その車が急発進した方角を見て、青木施設長は言った。
「やはり、中山さんからの緊急コールだったようです」
青木施設長も急いで別の車に乗った。
「絆」の利用者の一人、中山義雄さん(仮名)は、パーキンソン病と頸椎ヘルニアを抱えている。要介護度は5。パーキンソン病の発作が起こると筋肉が硬直し、まったく動けなくなる。日中に1回訪問介護を、夜間に1回の定期巡回のサービスを受けており、それ以外でも緊急コールをする場合もある。90歳代の母親と同居しているが、最近、母にも認知症が出始めているという。
青木さんが運転する車は、混み合う幹線道路を避け、農道に入った。街灯ひとつない真っ暗な道。地域住民でも、走ることがためらわれるような道を、青木さんは慣れたハンドル操作で進んでいく。そして、10分もしない内に中山さん宅に到着した。
■「非常用コールが命を支えてくれている」
部屋に入ると、既に高橋さんが中山さんの介護を開始していた。排尿の介助を受けた上で、硬直した体をほぐすための運動をする中山さん。手すりに両手でつかまり、体を伸ばしている。高橋さんは、その横に立ち、運動を手助けしていた。
部屋の中には、移動のための手すりが設置されている。さらに「絆」に連絡するための端末や、家族を呼ぶための端末など、複数の非常用コールの機械が置かれている。
「部屋の中だけで6か所、家全体では13か所設置しています。トイレに行く途中で体が硬直することもありますから」と中山さん。
それにしても、体が硬直した時は、一体どうやって非常用コールを押すのか。
「どこでもいいから動く部分を使うんです。わざとベッドの上に倒れ込み、硬直した手をボタンに押し付けるとかして」
中山さんがパーキンソン病を発症したのは12年前のこと。その後も仕事を続けていたが、4年前、症状も進行し、通勤するのも難しくなったため、仕事を辞めた。しかし、症状はさらに進行。2年前から「絆」のサービスを受けるようになった。
症状が進行し、最近では呼吸までが苦しくなることがあるという中山さん。それだけに「絆」の夜間サービスと随時訪問サービスは、なくてはならない存在だという。
「非常用コールが私の命を支えてくれていると言えるでしょう」