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適切なケアで再び食事も 胃ろうと老い その時どうする?

◇専門家チームが取り組み 地域ぐるみで在宅者支援

 胃ろうをつけたら、病院や施設は患者をただ寝かせているだけ――。介護する家族からはそんな不満の声が漏れる。だが、いったん胃ろうを作っても、リハビリや口腔(こうくう)ケア、介助や食事を工夫すれば、再び口から食べられるようになることもある。安易に胃ろうにしないよう、入院直後から機能回復に力を注ぐ病院もある。【稲田佳代、山崎友記子】

 おかゆ、肉じゃが、トマト。器用に箸でつまんでは口へ運ぶ。神奈川県厚木市の青木兼次郎(かねじろう)さんは、104歳になった今も、自力で食事している。

 5月末に誤嚥(ごえん)性肺炎を起こし、市内の東名厚木病院(杉山茂樹院長)へ運ばれた。医師から「肺が5分の1しか働いていない重症の肺炎です」と言われ、最悪の事態も覚悟した。ところが入院翌日、長男の幸雄さん(67)が見舞いに行くと、兼次郎さんは昼食に煮物を食べていた。「本当にびっくりしたよ」と笑う。

 「肺炎であっても食べながら治せる。目で見て、匂いをかいで、かむことで目が覚め、脳を刺激して、持っている力が発揮される」と、同病院の摂食嚥下(えんげ)療法部課長の看護師、小山珠美さん(56)。肺炎は一般的に絶食して治療することが多いが、小山さんは「高齢者こそ早く対処しないと、いざ退院に向けてリハビリをしようとしても、口の中は乾ききり、意識の状態も食べる力も落ちてしまうことになる」と話す。

 入院翌日の兼次郎さんは、熱も下がり呼吸も落ち着いたため、病院スタッフは上体を軽く起こしてゼリーを食べさせようとした。しかし、目を開けず、のみ込まなかった。小山さんは「食べ物を認識していないのでは」と判断し、兼次郎さんの体をさらに起こし、目で食べ物を見せ、手にスプーンを持たせた。すると、スムーズに食べ始めた。3日目には食堂で食事を取り、2週間で退院した。

 東名厚木病院でも以前は、絶食による肺炎治療を優先しがちだった。しかし06年から医師と専門の看護師、言語聴覚士、歯科衛生士、管理栄養士らがチームを組み、治療と並行して早期に食べる取り組みを始めた。

 誰にでもむやみに食べさせるわけではない。安全に食べてもらうため、口の中の環境を整えたり、呼吸機能を高めるリハビリなどを同時に行ったりする。どのくらい食べる力があるか慎重に見きわめ、可能性を引き出すことが条件だ。07~10年度に担当した患者のうち、脳卒中で91・8%(636人)、経口回復が難しいとされる肺炎でも82・5%(358人)の患者が、口から食べられるようになって退院した。

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 神奈川県小田原市の特別養護老人ホーム「潤生園」では、食事の工夫や徹底した口腔ケアによって、最期まで口から食べられるよう力を注ぐ。

 「お魚はどうですか」。介護スタッフが、ベッドの上で目を閉じている正子さん(79)に声をかけ、口元にスプーンを近づける。正子さんは目と口を開け、一口分を含み、口を動かし始めた。スタッフはのどの動きを見ながらのみ下すのを待ち、ゆっくりと次のひとさじをすすめる。

 正子さんは末期のアルツハイマー病。今は意思の疎通も難しい。2カ月前には口が全く動かなくなり、水分も取れず「お別れ」を覚悟したこともあった。施設長の西山八重子さんは、正子さんの食べる様子に「人間の力はすごいと気づかされる」と驚く。

 潤生園ではのみ込みが悪くなった人や、むせやすい人も食べやすい食事を開発。同じメニューでも形状や水分量など5段階に分かれ、それぞれの能力や体調に合わせて提供される。

 10年前からは、食事が取れる口の状態を保つため、歯科衛生士が入所者に定期的な口腔ケアを行っている。食事が取れるだけでなく、肺炎で亡くなる人も大幅に減ったという。

 歯科衛生士の加藤明美さんは「認知症があると歯医者に行けず、歯のことは後回しにされがち。でも、歯や口内のケアが不十分だとしっかりかめず、うまく食べられなくなってしまう」と訴える。

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 地域ぐるみで口から食べることを支援する取り組みもある。東京都立川市、国立市など6市では、医療・介護関係者が連携し、高齢者が自宅で摂食・嚥下機能の診断やリハビリを受けられるシステムを作っている。

 「口腔ケアに来ましたよ。さすらせてくださいね」。歯科衛生士の駒村好子さんは、東京都国分寺市の住宅街にある一軒の家を訪ねた。脳内血腫で倒れ、重い要介護状態になった79歳の男性の自宅。駒村さんは、硬くなった男性の筋肉をほぐすように、肩や首をマッサージしたり、さまざまなブラシを使って歯や口の中を清掃したりした。歯科医の羽田亮さんがライトや吸引器を持ち、様子を見守った。

 男性は09年末に誤嚥性肺炎で入院し、胃ろうを作った。だが、翌年自宅に戻った後、嚥下機能の検査を受けると「ゼリー状のものなら口から食べられるのでは」と診断された。それ以来、主治医をはじめ歯科衛生士、看護師、作業療法士ら専門職が情報を共有し、男性の在宅介護を支えている。

 男性の妻(76)は「口腔ケアを受け始めてから口がよく動き、言葉も出るようになった」と喜ぶ。駒村さんは「好きなビールや焼き鳥を、少しでも食べさせてあげたい」と語った。

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 病院や施設、自宅にいても、その人の持っている力を生かすリハビリやケアが適切に受けられる――。胃ろうについて語る時、同時に、そんな体制をどう作っていくか考えるべきではないだろうか。毎日新聞社 8月22日(水) 配信