Sさんが口腔ケアを担当している、脳梗塞の既往がある60代の男性患者さん。
現在は、糖尿病性腎症を患い人工透析を受けています。その患者さんの口腔内は、
歯周病が進行して、歯肉が腫れている状態。ただでさえ感染に対する抵抗力が弱
いので、できるだけ口腔内の細菌を減らす必要がありました。
ところが、奥さんが持参したのは、ホテルや旅館においてあるアメニティグッ
ズの歯ブラシだったのです。
「この歯ブラシは毛先が硬い。患者さんの歯肉に当てたら、傷ついて出血してし
まうかも……」
そう思いながら、歯肉になるべく当たらないように歯をちょこちょこ磨くSさ
ん。心のなかは迷いでいっぱいでした。「この磨き方だと、汚れがちゃんととれ
ない」と。悩んだ末、Sさんは勇気を振り絞って、奥さんにこう言いました。
「この歯ブラシだと毛先が硬くて、ご主人のお口のなかを傷つけてしまうかもし
れません。そして、今はご病気で、感染に対する抵抗力が弱い状態です。お口の
なかの細菌を減らすためにも、しっかり磨ける毛先の軟らかい歯ブラシが必要で
す。お手数ですが、下の売店で買ってきていただけますか?」
それを聞いた奥さんはハッとした顔をして、すぐに歯ブラシを買ってきてくれ
ました。そして安堵したような表情で、「歯ブラシってなんでもいいわけじゃな
いのね。教えてくれてありがとう!」と言ったそうです。
その後、数日で患者さんの口腔内は見違えるように改善され、奥さんの表情も
ニッコリ。
Sさんは、「思い切ってお話してよかった。きっと私と同じように遠慮して言
えない方もいるかもしれません。もしそういう人がいたら、何も迷う必要はない
って伝えてあげたいですね」と微笑みながら話してくれました。
奥さんと、患者さんに“健康になってほしい”と思うSさんの気持ちは同じ。
それを叶えるために、一人ひとりに合った口腔ケアグッズを提案するのはとても
大切なことなのです。