大人になると二度と生えてこない歯が、遺伝子操作を使った培養技術により、自分の歯肉細胞から再生できるようになるかもしれない―。九州大大学院の坂井英隆教授(口腔(こうくう)病理学)らの研究グループが、ヒトの皮膚細胞を遺伝子操作して、歯の生成に欠かせないエナメル質を作り出すことに成功した。虫歯や歯周病で欠損した歯の再生医療の確立に向け、第一歩を踏み出す研究成果といえる。
ヒトの歯は象牙質とセメント質をエナメル質が覆う構造。象牙質とセメント質は体内でいつでも生成されるが、永久歯ができる際に、エナメル質を作り出す「エナメル芽細胞」が消失するため、エナメル質は体内で作られなくなる。このため、ヒトの永久歯が生えるのは一度きりだ。
研究グループは、マウスの胎児に歯が形成される際、「サイモシンβ(ベータ)4」と呼ばれる細胞の骨格に関わる遺伝子が多く出現していることに着目。ヒトの背中の皮膚から作られた研究用細胞にこの遺伝子を注入して3週間培養したところ、エナメル芽細胞と同じ性質の細胞に変わり、タンパク質やリン酸カルシウムを含む石灰化物(エナメル質)が作り出された。
研究グループは年明けにも、臨床研究の実施を学内の倫理委員会に申請する。今後、患者が抜いた親知らずなどの歯に付着した歯肉の粘膜細胞を、口腔内に近い環境の下で遺伝子操作し、象牙質やセメント質も含めた歯の形成を目指す。形成された小さな歯を患者の顎の骨に埋め込めば、やがて歯茎に定着して新しい歯ができる見通しという。
ヒトは永久歯を失うと、入れ歯やインプラント(人工歯根)でしか代替できない。坂井教授は「この医療の実用化には10年以上かかりそうだ」とするが、技術が確立されれば、高齢者の生活の質の向上に大きく貢献しそうだ。