関西の児童養護施設の子供たちに、健康保険がきかない歯の矯正治療を無償で行う歯科医がいる。器具を使って歯並びを直す「歯列矯正」で、2008年以降、約100人を診察し、約20人を治療した。治療がきっかけで人前に出るのが苦にならなくなり、看護師になる夢を実現した女性もいる。「子供たちが劣等感を抱いたり就職で不利益を被ったりしないようにしたい」と語る。
兵庫県西宮市のシマダデンタルクリニック院長、島田豊実さん(52)。大阪大生だった1995年、阪神大震災が起き、復興しようとする被災者を避難所などで見て「歯科医として何かできないか」と思うようになった。アルバイトをしていた歯科医院で、児童養護施設の男児をたまたま診察した。帰り際に男児が深々とお辞儀をしたのが、心に残った。その男児は再診察が必要だったが、それっきり来院しなかった。「社会の支援が不十分な状況を示している」と感じた。
01年に歯科医院を開業。あの時の男児の姿が浮かんだ。歯の矯正は保険適用外のため高額で、数十万円から100万円ほどかかる。歯のケアは不十分だろうと思い、近所の児童養護施設に無料での治療を提案した。
「高額な治療を本当に無料でしてくれるのか」。施設には疑念を持たれ、一旦は断られたが、08年になり、当時の施設長が歯並びに問題がある1人の男児に治療を勧めてくれた。その後も兵庫県内をはじめ関西各地の児童養護施設を訪問。担当者らに「見た目へのコンプレックスが取り除かれ、かみ合わせが良くなると知能や心身も発達する」と訴え続けた。
現在でも、施設側は往復の交通費負担や事故が起きた場合のリスクなどを考え、積極的とは言えないのが現状。「診察だけなら」として矯正までは実施しないケースも多いというが来院する子供は徐々に増えてきた。
14年度の厚生労働省調査では、児童養護施設を出たか、在籍する高校生の大学・短大などへの進学率は11・4%で、全体の53・8%を大きく下回る。島田院長は、進学や夢を語り合う会や職場見学会なども開催。「これからも施設の子供たちが社会で活躍する手助けをしたい」と思っている。