JA神奈川県厚生連伊勢原協同病院の看護師、小山珠美さん(60)=天草市牛深町出身=は、病気などで衰えた「食べる力」を回復させる看護の第一人者。10月、母校の国立病院機構熊本医療センター付属看護学校を訪れ、学生に摂食・嚥下[えんげ]リハビリテーションの技術を指導し、食べることの大切さを説いた。
高齢になると肺炎や脳疾患、加齢などでのみ込む力が弱まり、摂食・嚥下障害になりやすい。それが誤嚥[ごえん]性肺炎や低栄養、脱水症状を引き起こす恐れがあるため、「胃に開けた穴から栄養を送る胃ろうや点滴栄養などの非経口栄養が普及した」と小山さんは説明する。
●細やかな配慮
そんな医療現場に小山さんが疑問を抱いたのは約20年前。器官を使わなければ、のみ込む力はますます衰える。「食べることを奪われると生きる希望を失う。食べるのを諦める社会はおかしい」。食べる力を回復させる看護技術を体系化し、患者約7千人が食べる力を取り戻したという。2013年にNPO法人「口から食べる幸せを守る会」を設立し、医療・介護現場に技術を広めている。
では、どのようにして食べる力を回復させるのだろうか。小山さんは学生に「上を向いた状態でつばをのみ込めますか?」と尋ねた。誰もできない。「食べ物をのみ込むためには、前を向いてあごを引いた姿勢が必要。患者の体を起こし、足は床に着けて踏ん張れるようにする。ベッドに座っている場合も、足先とベッドの端の空間に枕などを詰めて、体を安定させます」
食べさせる時にも細やかな配慮が必要だ。患者のあごが上がると誤嚥につながるため、スプーンは顔の斜め下から近づける。食べ物がきちんと見えるようにすることも大事。いきなりスプーンが口の中に入ってくるような状況では、患者が食べる意欲を失ってしまうからだ。
疾患やリハビリの段階によって患者の左右どちらからでも介助する必要が生じるため「看護者は左右どちらの手も使えるように訓練してほしい」と要望。このほか▽スプーンの形状は浅く、全体が口の中に入るサイズにする▽患者が両肘をついて安定した姿勢で食事ができる広さのテーブルを選ぶ―などがポイントだ。全介助からスプーン操作を補助する一部介助へと段階を踏み、自力摂取につなげる。
●広い視野で観察
リハビリの注意点として、小山さんは「患者を生活者として観察して」と話した。のみ込む力の強弱だけでなく、呼吸や口腔[こうくう]の状態、認知機能、食べる意欲、普段の表情など広い視野で患者を観察する。そうすることで患者の食べる可能性が見えるという。
「食べるのは無理だと医師から言われた人も、食事介助をすると目つきが変わり、意欲的な表情になる」と小山さん。適切な看護を受けることで、数カ月で食べる力を取り戻す姿を見てきて「患者からあきらめない大切さを教えられます」。
「食べることは人間の尊厳。長生きを楽しめる社会になるため、患者のQOL(生活の質)を維持できるよう看護師は支援しなければならない」と訴えた。