歯痛:別の場所に原因? 特定に時間かかる「異所性疼痛」 歯科医と医師の連携必要
歯や口が痛いのに、原因は別の所にあるのが「異所性疼痛(とうつう)」だ。痛みと関係なさそうな神経や筋肉などに原因があるため、治療が難航することも少なくない。治療のカギは、これまであまり交流のなかった歯科医と医師との連携にありそうだ。【熊谷豪】
「歯が痛くて仕方ない」。昨年、日本大松戸歯学部病院(千葉県松戸市)の「口・顔・頭の痛み外来」を訪れた50代半ばの女性はこう訴えた。歯科医が診察したが、歯と歯ぐきに異常は見られなかった。一方、かむのに使う筋肉を触ると痛みが出た。
日大松戸歯学部の小見山道(おさむ)教授は「かき氷を食べてのどが刺激されたのに、頭が痛くなるようなもの。典型的な異所性疼痛だ」と指摘する。一般に脳から出た神経は途中で分かれ、歯と、かむのに使う筋肉とにつながっている。そのため、かむ筋肉の痛みを、脳が「歯から来た信号」と勘違いしたと説明する。女性はかむ筋肉をマッサージしたりして、2週間後に痛みが消えた。
異所性疼痛は、痛みと異なる場所に原因があり、症状の出方もさまざま。片方の下の奥歯から顔の片側全体にアイスピックで突かれるような激痛の発作が日に数回起きる群発頭痛でも、「歯が痛い」と感じることがあるという。
一般に、歯が痛い人のほとんどは歯科医を受診する。しかし、日本口腔(こうくう)顔面痛学会の診療ガイドラインによると、このうち3%は歯以外が原因だ。さらに9%は、歯と歯以外の両方に原因がある。正確な原因になかなかたどり着けず、複数の歯科医を渡り歩く患者もいるという。
歯科医は、患者の大半が、虫歯など自分の手による治療だけで完結する。このため医師と連携する習慣があまりなかった。逆に、一般の医師も歯科分野に興味がないことが多かった。医師と歯科医は大学も国家試験も違うため、交流が乏しくなりがちだ。
一方、医師と歯科医が連携することで原因が特定され、治療に結びつくケースも少なくない。
千葉県内に住む60代半ばの男性もその一人。半年前から、顔を洗うと歯のあたりに激痛が走る。地元の歯科クリニックでは異常が見つからず、日大松戸歯学部病院へ。男性の唇を引っ張ると、痛みが起きた。その後、脳神経外科医の診断で顔面の感覚をつかさどる三叉(さんさ)神経に起因する痛みと特定され、薬を処方された男性は3日後に痛みが治まった。
異所性疼痛を巡る問題は、歯科医師国家試験に出題されるなど、歯科医と医師の連携が重視されつつある。小見山教授は「歯の痛みは周辺の部位と密接に関係していることが多い。歯科医が医師ともっと連携することで、痛みの原因を特定し、より良い治療につなげられるはずだ」と話す。
◇訴訟トラブルのケースも
歯科医が、歯や口の痛みに潜む重大な病気に気づくことが求められている。
千葉県船橋市の80代男性の場合、最初は口内炎のようだった。訴状などによると、2016年5月、「口の中が痛い」と地元の歯科クリニックを受診。歯科医は精密検査が必要と判断し、近所の病院の歯科口腔外科を紹介した。歯科医は痛みを「入れ歯が合わないため」と診断し、新しい入れ歯を作った。ところが、男性の痛みはおさまらず、歯科医は10月に脳神経外科を受診するよう伝えた。この間9回もこの病院を受診したが、舌がんの可能性は指摘されなかった。
男性は別の病院の神経内科や脳神経外科、歯科口腔外科、耳鼻咽喉(いんこう)科を受診。12月になって、ようやく「舌がんの疑い」と診断された。だが、がんは長さ4センチとかなり進行していて、その後胸などに転移し、17年6月に亡くなった。昨年10月、病院に損害賠償を求めて東京地裁に提訴した遺族は「痛みが続いていたのだから、病院は舌がんなどを疑うべきだった」と主張する。一方、被告病院は取材に対し「係争中なので答えられない」とコメントした。
他にも、「右上の歯が痛み、夜も眠れない」と歯科クリニックから依頼のあった80代の男性患者を病院がコンピューター断層撮影(CT)検査すると、患者は中咽頭がんで、リンパ節に転移していたため翌月亡くなったケースもある。
国立がん研究センターによると、17年に口腔・咽頭がんで亡くなった患者の割合は人口10万人あたり2・5人で、増える傾向