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ラクトフェリンが放射線治療の効果を高め、副作用を減らす可能性

放射線治療は、低酸素環境にあるがん細胞に対して十分な効果を発揮できない

 広島大学は2月3日、ラクトフェリンが放射線を用いたがん治療において、副作用を減らしつつ治療効果を高める可能性を明らかにしたと発表した。この研究は、同大原爆放射線医科学研究所の谷本圭司准教授、村上大徳大学院生、京道人助教、廣橋伸之教授、大学院医系科学研究科の小野重弘講師、相川友直教授、宮内睦美元教授、愛媛大学の深澤賢宏助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Antioxidants」に掲載されている。

 放射線治療は、がん細胞に放射線を照射してがん細胞を破壊する治療法。しかし、その効果はがん細胞の置かれた環境に大きく影響される。多くのがん病巣においてがん細胞は増殖が速いために血管新生が間に合わず酸素が不足している「低酸素環境」になっていることが知られている。この低酸素環境では、放射線が細胞を破壊するために必要な活性酸素種(ROS)が十分に作られないため、がん細胞へのダメージが減少し生き残りやすくなる。このため、低酸素環境は放射線治療において治療効果を下げる主要な原因とされており、そのような環境にあるがん細胞を効果的に破壊する治療法の開発が望まれている。

ラクトフェリンは正常細胞を守り、がん細胞の放射線感受性を高める

 ラクトフェリンは体内での鉄の輸送や貯蔵を助けるほか、細菌の成長を抑えたり、免疫システムを調節したりする働きがあると言われている。また、抗酸化作用を介して健康維持に役立つことが期待されている。最近の研究では、ラクトフェリンががん細胞にも影響を与える可能性が示唆されているが、その具体的な仕組みや放射線治療との関係については未解明の部分が多く残っている。

 今回の研究では、健康な口唇の正常細胞(KD細胞)と口腔がん細胞(HSC2細胞)を用いてラクトフェリンの効果を調べた。まず、高用量のラクトフェリンを投与すると、がん細胞の増殖を抑制することができたが、正常細胞も強くダメージを受けた。また、これまで知られていた通り、低酸素環境で培養しているがん細胞に放射線を照射すると、酸素が十分にある環境のがん細胞に比べて、放射線の効果が弱まることが確認された。このような低酸素環境で細胞に影響の出ない量のラクトフェリンを投与すると、正常細胞ではラクトフェリンが放射線のダメージを軽減する一方で、がん細胞では放射線による治療効果を高めることが分かった。この作用は、放射線被曝後の3時間以内にラクトフェリンを使った場合に特に強く見られた。

 放射線治療では、放射線が直接DNAを破壊する直接効果と、細胞内にROSを発生させて、これがDNAを傷つけることで細胞死が起こる間接効果がある。ラクトフェリンは正常細胞ではROSの量を減らし、DNAの損傷を防ぐ一方で、がん細胞では逆にROSの量を増加させ、放射線によるDNAの損傷を増やした。このように、ラクトフェリンは正常細胞とがん細胞で異なる働きをしていることが確認された。また、RNA-seq解析で網羅的に遺伝子発現量を調べたところ、ラクトフェリンが正常細胞の細胞死に関わる遺伝子を抑制することにより保護的に働き、がん細胞の抗酸化能やDNA修復能を奪うことにより放射線効果を増強していることが明らかとなった。

ラクトフェリンの作用機序は未解明だが、放射線治療補助剤としての可能性が広がる

 この研究によって、ラクトフェリンが正常細胞の細胞死に関わる遺伝子を抑制することにより保護的に働き、がん細胞の抗酸化能やDNA修復能を奪うことにより放射線効果を増強していることが明らかとなったが、なぜ低酸素環境で特に効果を発揮したのか?どのようにして細胞死、抗酸化、DNA修復などに関わる遺伝子の発現量を調整しているか?メカニズムを詳細に解明する必要がある。また、今回は口唇の正常細胞や口腔がん細胞を用いてラクトフェリンの効果を検証したが、これらの効果が他臓器のがん細胞でも再現されるかを評価することで、ラクトフェリンの治療適用範囲を拡大する可能性がある。

 今回の研究で示されたラクトフェリンの細胞ごとの機能(正常細胞の保護とがん細胞への放射線効果増強)は、放射線治療の補助剤としての応用可能性を強く示唆しているが、動物実験や臨床試験を通じて、その安全性と有効性を個体レベルで検証することが求められる。「ラクトフェリンを用いた放射線治療は、がん細胞に対する効果を増強しつつ、正常細胞を保護する画期的なアプローチとして、今後の研究と応用に大きな期待が寄せられる。将来的には、副作用の苦しさが少なく、安全にがん治療を行える手法が開発される可能性がある。」と研究グループは述べている。